『公式ホームページ』森林原人

『性愛の探求』~さみしさの秘密~ 

 『さみしさの秘密』

本作に出演してくれた「恵子さん(仮名)」は、50歳前後の一般女性。彼女は20代で結婚した後、長い間、夫以外の男性と関係を持つことはなかったが、40代半ば頃から性の勉強を始め、離婚を機にさまざまな男性と関係を持ってみたのだそう。またそんななか、代々木忠監督作品と出合ったことで、“相手と深くつながるセックス”や“宇宙と一体化するオーガズム”を体験してみたいと願うように。その思いが、今回の出演応募につながった。

 

セックスで“深くつながる”とは、どういうことなのだろう? つながるために必要なこととは、一体、何なのだろう? 目の前の相手と深くつながりたい人、つながることを諦めたくない人にぜひ読んでいただきたい、ありのままの性を描いたノンフィクションです。

 

セックスがしたかったんじゃない。私、やさしくされたかったんだ!

 

第1回目の撮影が行われたのは、2022年2月10日。都内の某ホテルの一室に集合したのは、恵子さんと森林、アシスタントの3人きりだ。恵子さんは、黒髪のストレートヘアが印象的な知的で成熟した佇まいの女性。落ち着いたブラウンのミニワンピースは、ボディラインにほどよくフィットして均整のとれたプロポーションを引き立てていた。

 

恵子さんと森林が実際に会うのは、この日が二度目。まずは、恵子さんの話を聞こうとインタビューを行う。リビングスペースの一角で、主にセックス観やセラピストの仕事について質問を重ねていく。神妙な面持ちをした彼女の口からはとめどなく言葉が溢れ出し、この時点で森林は、“彼女は思考が先行するタイプだろう”と予想していた。

 

森林:「恵子さんはご自身でも、セクシャルをテーマに発信されているんですよね? すでに色々と学ばれているのに、今回はなぜ僕のプロジェクトに参加してくれたんですか?」

恵子:「それは…、自分自身がまだ理想に辿り着いていないと感じるからです。もっと深く性愛を探求してみたくて」

森林:「もう何か掴んでいるんじゃない? これ以上、新しいものが見つかると思います?」

恵子:「新しいものを、見つけたいんですよね」

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リビングで2時間ほど話を聞いた後、ふたりはベッドルームに移動した。この日は裸で触れ合うことはせず、「催眠誘導」という“言葉のセックス”を試みるつもりだ。

 

「催眠誘導」とは、代々木監督が撮影前に女優たちに施していた下準備のようなもの。恵子さんがバスローブ姿でベッドに横たわると、森林は、お腹の上に置かれた彼女の手にゆっくりと自分の手を重ね、「多少、僕のオリジナルも入ります」と前置きをして、まるでヨガのインストラクターのように、言葉による誘導をスタートさせた。

 

森林:「まずは大きく深呼吸をして…。もう一度大きく息を吸って、一気に力強く「フッ!」と吐き出す。そう、もう一度同じように…」

 

これは「短息呼吸」と呼ばれ、自分の内面に意識を向け、抑えていた感情を吐き出すための呼吸法だ。

 

森林:「一緒に声を出しながら息を吐いて。フッ!フッ!フッ!フッ!」

森林のリズムに倣い、15分程度これを繰り返す。そしてそこから先は、まるで催眠に誘うかのように、めくるめくセックスのイメージを、ひそやかにゆったりと語りかけていった。

 

森林:「ぜんぶベッドが受け止めてくれる…。肩も、背中も、腰も、ベッドに吸い付いていく…。目を開けなくても、見つめ合っているのがわかる。彼の…、熱くなった、硬くなったものが恵子さんの下腹部にあたる。くちびるは、もう少しで乳輪に届きそうだ。ゆっ…くりと乳首の周りをまわって…少しずつ、少しずつ、吸いついていく–––」

 

“言葉のセックス”とは、文字通り、言葉と想像力を頼りに行うセックスのこと。重ねた手以外の場所にはまったく触れることなく、“前戯から男性が射精するまで”を言葉に落とし込んでいく。じっくりと時間をかけて、臨場感たっぷりにセクシュアルな言葉を降り注ぐと、恵子さんは幾度となく声を漏らし、快感に揺さぶられるように身をよじらせた。バスローブの裾は太腿までめくり上がり、情事の後のようにすっかりはだけている。森林はさらに、幸福感に満たされた後戯のイメージを語り続けた。

 

森林:「射精の後、彼は力尽きて倒れ込む…。恵子さんに抱きしめられて、ああ嬉しいって…。幸せだって。ずーっと、こうしたかったって…。そのまま、ふたりはつながったまま…抱き合ったまま、ずーっと一緒に……」

 

性的な興奮が鎮まりかけたように見えたとき、恵子さんは、ふと目に涙を浮かべた。それはみるみるうちに膨らんで、とめどなく溢れ出す。森林はその様子を静かに見つめている。彼女が落ち着いたのを見はからって、“言葉のセックス”の感想を尋ねた。

 

森林:「恵子さん、“言葉のセックス”はどうだった?」

恵子:「うーん…、うれしかった。最後の『僕もずっとこうしたかった』という言葉。それを聞いたら、泣けちゃいました」

森林:「男の人にもそういう気持ちはあるんだよ」

恵子:「私はいつも疑っていたから…。自分に自信がないせいかもしれないけれど…」

後日、恵子さんはこの日の撮影について、「私はセックスがしたかったというより、やさしくされたかったんだと気がついた」と語っている。彼女はこれまで、どんな男性とセックスをしても、「どうせ身体が目的だろう」「私じゃなくてもいいんだろう」とネガティブな思考から抜け出せなかった。「本当は“言葉のセックス”でしたように、自分を求め、愛おしく接して欲しかったんだと腑に落ちたとき、涙が勝手に溢れ出しました」そんな発見があったのだという。

 

「ありがとうございました」心のモヤが晴れ、肩の力の抜けた恵子さんの柔らかな表情とともに、初日の撮影は穏やかに終了した。

 

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自分に自信が持てないから、主体的な欲望を伝えられない

 

2回目の撮影日は、2週間後の2月24日。半月前の撮影では、“言葉のセックス”で自分の内面に集中できたことで、恵子さんがセックスに望んでいたものを見出すことができた。「いい感じの仕込みができた」と、安心していた森林だったが…。

 

久々にホテルで再会した恵子さんは、物事を頭で考えすぎる“思考優位”な状態に戻っていた。この日の撮影も、前回同様に彼女へのインタビューから始めることにする。

 

 

森林:「ええと…、前回の撮影から2週間ほど経ちました。この間は、言葉だけのセックスを試みて、身体も心も大きな高まりを感じていたように見えましたが、どうでしたか?」

恵子:「そうですね…。まぁいい体験だったかなというのと、私はやっぱり代々木さんファンなので、実際に体験してみたいですね」

森林:「こんな恋愛をしたいというのはある?」

恵子:「最近は本気の恋愛をしていないので、あまり想像がつきません。男性はみんな、私には恋愛感情よりもセックスを求めているのかなって…。私が本当に期待しているのは、『好きです、つき合ってください』みたいな態度かもしれませんけど」

森林:「恵ちゃんは色々な知識や情報をたくさん持っているし、セックスに神聖な意識を持っていたり、性が神聖だと思っているから、尚更、純度の高い恋愛を求めるのかな」

恵子:「私の場合は劣等感がすごくあるので…。嫌われるんじゃないか、どう思われているんだろうとか相手を優先してしまう性質があるので、自分のことはなかなか言えなくて。過去には、男性まかせのセックスが多かったと思います…」

森林:「いまは、主体性を持ってセックスできる?」

恵子:「それがね…、できないので今回のプロジェクトに応募しました」

 

「主体性を持ってセックスできないので応募した」そう語る恵子さんは、セックスを理屈で考えすぎて迷子になっているように見えた。

 

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森林は、再度“言葉のセックス”を試みることにした。室内の照明を薄暗く落とし、恵子さんに目隠しをしてデイベッドに腰を下ろさせる。視界を奪われ、やや緊張している恵子さんに「これから恵ちゃんは、どんなふうになると思う?」と森林が尋ねると、彼女の口をついて出たのは「森林さんをガッカリさせるんじゃないかと…」という不安感だった。

 

森林:「なんで僕ががっかりするの…?」

恵子:「森林さんが期待する結果にならないんじゃないかなって」

森林:「僕のために出演しているの?」

恵子:「うーん…違う。でもいまは、どうしても相手のことばかり考えちゃう」

森林:「僕が聞いているのは、恵ちゃんがどうなりたいかだよ? きっといまから裸になっていくんだよ。裸になって、どんな気持ちになったり、何をすることを予感しているの?」

恵子:「うーん…。普段の自分じゃない自分になってみたい」

森林:「普段、思っているけど言えない言葉を言ってみて。セックスのときの。『おちんちん欲しい』って言えたことある?」

恵子:「うん…、言えたことある」

森林:「おまんこ舐めては? おまんこ見ては?」

恵子:「ああ、ないかも」

森林:「見て欲しいと思わない? 自分の身体のどこを見て欲しい? どこを見て男が興奮したらうれしい?」

恵子:「うーん、全部…。全部いいって言われたい…」

恵子さんが少しずつ本心を打ち明け始めたところで、「そろそろタイツを脱いでみようか」と森林が促す。彼女が膝立ちになってタイツを脱ぐと、白く艶かしい足が露わになった。セックスの予感が高まっていくプロセスだ。すると会話の端々に、緊張し始めた恵子さんの照れ笑いが増えていく。代々木監督は、著書の中でたびたび「セックスの場面での“笑い”は、そこから逃げ出したいという気持ちの表れ」と説明している。恵子さんは、いよいよセックスが始まるタイミングを察知して、“ネガティブ思考癖”が顔を出し、相手と向き合うことを恐れているのかもしれなかった。

 

森林がねっとりと囁くように語りかける。

 

森林:「じゃあ、背もたれにもたれて。綺麗な足だね。なんで足の爪を赤く塗ってきたの?」

恵子:「それは…、職業柄、手には塗れないから」

森林:「ちゃんと見えてるよ、足先まで。もっと全部見たいな…」

恵子:「恥ずかしい…」

森林:「なんで恥ずかしいの?」

恵子:「やっぱり年齢的に…自信がないところはあるから。やっぱりね…、えへへ」

森林:「全部見て欲しいのと矛盾するね」

恵子:「ふふふ、全部褒めては欲しいけどやっぱり…、先に『好き』って言われないと安心できないのかな」

森林:「見せないと、好きかどうかわからなくない?」

恵子:「うん…。そうね、ふふふ」

森林:「『好きだよ』って、保証がないと見せられない?」

恵子:「うーん…保証? そうだ、怖いから保証が欲しいのかもしれない」

森林:「身体を全部見て褒めて欲しいって言ったじゃん? でも身体目的じゃイヤなんだ?」

恵子:「うーん…、心がないといやだ」

森林:「いま見えてる恵ちゃんの足、すごくいいよ。ツルツルで…触りたいもん」

恵子:「ん…ふふふ、信じられないな…」

少しの沈黙の後、森林は足の指に触れた。「ん…」と恵子さんが声を漏らす。さらに人差し指から薬指までをそっと撫でると、今度は舌で足指の輪郭をなぞるように舐め始める。指から甲へ…、フェザータッチのようにやさしく舌を這わせながら、まっすぐに伸ばして閉じていた彼女の両足に手を掛け、左右に開いた。「太ももまで真っ白…。綺麗だね」内側のくるぶしに触れると、手のひらを太腿まで這わせていく。恵子さんの口から、さらに甘い吐息が漏れ出した。

 

森林:「イヤって言わなかったね…。このままだと全部味わわれちゃうよ…? もっと足を広げて? その方がいやらしいもん。もっと広げて、もっと見せて」

 

恵子さんの両膝を立て、足をM字に開かせて、羞恥心を煽るように“言葉のセックス”を投入する。「いま、恵ちゃんを見ながら、ちんちんしごいてるよ」「恵ちゃんのおまんこが見たいな。パンツを脱いで? いちばん女なところを見せて…」卑猥な言葉を浴びせかけ、恵子さんの頭の中をセックスのイメージでいっぱいにしようと試みる。

 

恵子さんは消え入るような声で「恥ずかしい…」と呟くが、森林はあえて意に介さずショーツを脱がすと、反射的に閉じようとする足を再度大きく広げてみせた。「うぅん…」鼻にかかる声を漏らし始めた彼女の官能は、言葉とは裏腹にだいぶ高まってきているようだ。ここから先は、“言葉のセックス”の延長戦。森林は、徐々に肉体への接触を加えていった。

 

森林:「見えた…。恵ちゃんのおまんこ、すごい綺麗だよ。もうおちんちんが痛いくらいパンパンだ…」

 

彼女の足を手に取り、勃起したものに触れさせる。

 

森林:「硬くなっているのわかる? 恵ちゃんのせいだよ。ねえ、このおまんこ好きにしてもいい? 好きなように味わっていい?」

 

森林は、卑猥な言葉を投げ掛けながらも、たびたび恵子さんに“許可を求める言葉がけ”を行なっている。それは、彼女の主体性を引き出すための仕掛け。「もっと自分を解放して」「欲望を曝け出して」彼は静かに、しかし執拗に、他のことを考える余裕を与えないほど、恵子さんのことを追い込んでいった。

 

しかし彼女からは、なかなか明確な意思や欲望の言葉は返ってこない。

 

森林:「ねえ…、舐めていいの? ダメなの? どっち?」

 

森林は、待ち時間は終わりと言わんばかりに、大きく舐め始めた。滑らかな太腿を手のひらでさすりながら、濃厚なクンニが始まる。恵子さんの艶やかな喘ぎ声が部屋中に響き渡った。彼女はますます頬を上気させ、頭を横に振り、上半身を揺らしながら喘ぎ続ける。そしてついに、いっぱいまでのけぞりながらオーガズムを迎えると、森林は顔を上げ、恵子さんの背後に回って、バックハグをしながら恋人つなぎで手を握った。頭をそっと引き寄せ、耳や頬に柔らかく唇を押しつけていると、ついに恵子さんの口から、欲望の言葉がこぼれ落ちた。

 

恵子:「あぁ…、挿れて欲しい…」

ようやく聞き取れるほどの控えめな声だったが、恵子さんは、やっと自分の欲望をはっきりと言語化できた。ただ、それは男性の気持ちを汲み取った結果なのか、それとも自発的なものなのか…。前者のような気遣いも、女性にはありがちなパターンかもしれない。

 

森林:「うん、いまはここまでね。いったん、お風呂に入ろうか」

 

恵子さんを抱き起こし、目隠しをはずす。まぶしがる彼女を抱き寄せて、もう一度やさしく唇を合わせた。このとき、彼女は、森林の勃起した下半身をようやく目にして、うれしさが込み上げたようだった。自然に手が伸び、指先でふわりふわりと弄ぶ。ずっと一方的に愛撫されながら、自分からも触れたいという欲望がふつふつと湧き上がっていたのだろう。「気持ちいいこと好き?」と森林が聞くと、恵子さんは「うん…」と頷く。「したいことがあるなら言って」という言葉に、「舐めたい…」と答えた。

 

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脱け出せない劣等感。“ネガティブ思考癖”の元凶が現れた

 

森林と恵子さんは向かい合って浴槽に浸かり、早速、いま起きたことを振り返る。

 

森林:「目隠しされて、どんな感じがした?」

恵子:「うーん、半分は…、森さんの言ってることは演技だろうなぁと思いながら…」

森林:「男性の言うこと、そういう風に思っちゃうんだ?」

恵子:「うん…」

森林:「最後に『挿れたい』って言ってたけど、あれは相手が求めるから応えようとしたのか、本当に自分が欲しかったのか、どっちだったの?」

恵子:「本当に欲しかった…。けど、正直に言いにくかった部分もある」

森林:「どういうこと?」

恵子:「腟への指入れは、気持ちよかったけど少し痛かったかもしれない…。でもあの痛みがないと気持ちよさもないし、まあ言うほどのものではないのかなって…。なかなか、その場では言えないの。そういう態度は、子どもの頃からずっとそうで。そのうち、信頼できる人が出てくれば、言えるのかなぁ」

森林:「いままで信頼できる人はいた?」

恵子:「いなかった」

森林:「いままでいなかった人が…、これから現れるの?」

恵子:「ん…ですよね…」恵子さんは涙がこぼれる。

森林:「お風呂から出てベッドに行ったら、今度は、もう最後だと思って何でも言って。今日が最初で最後のセックスだから。思ったことをきちんと教えて」

 

森林の口調は、一貫してやさしい。恵子さんは、再び涙を流しながら、言われたことを噛み締めるように頷いた。「正直にすべてを言っていい」この言葉は、安心できる関係の先にあるセックスへ、彼女を導いてくれるだろうか–––。

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恵子さんは黒いレースの下着姿で、あらためてベッドに横たわった。森林は彼女と向き合う形で横になり、ふたりはリラックスした表情のまま見つめ合う。恵子さんが森林に微笑みかけ両頬に手を添えると、森林は呼応するように顔を寄せてキスをする。恵子さんのブラジャーをはずし、胸元にも唇を押しあてる。バストトップを舌で転がし、また唇にキスをして表情を確認し、再度ゆっくりとバストまで顔を降ろした。ショーツを脱がせてクンニをするときも、「痛くない?」と何度も確認する。裸で抱き合うふたりの距離は、視線を合わせ、言葉を交わすことを幾度となく繰り返しながら、波長を合わせるように、ますます親密さを増していくようだった。

恵子さんが前戯で何度かオーガズムを迎えた後、森林は彼女の腟の形状上、男性器の挿入に向けてしっかりとほぐしておく必要があると判断した。潤滑ゼリーを指に取り、1本、2本…、じわじわと指を挿入していく。「キツイよね…。入るかな…」彼女の表情が一転してくもり始める。

 

森林:「痛みはある?」

恵子:「少しある…」

森林:「どういう痛み?」

恵子:「んん…。指が奥に入ったときに…、擦れるというか…」

 

すると、不安げな表情で会話を続けていた恵子さんが、突如、泣き出した。森林に注がれていた視線は天井を仰ぎ、首を横に振りながら、「やめて」と手をひらいて拒絶のポーズを取る。森林は突然の大きな変化に戸惑いながらも、「何が起きたの?」と穏やかに言葉をつないだ。

 

恵子:「うううううぅ…。しんさつだい…」

 

恵子さんは、古い記憶を辿るように視線を泳がせ、泣き続ける。そして、ときどき嗚咽を漏らしながら、まるで幼い子どもが親に助けを求めるように、心の奥に沈んでいた恐怖心を吐露するのだった。

 

恵子:「診察台…、機械…。機械が入ってくる…。怖い…。いつも痛かった…」

森林:「なんで診察台に行ったの…?」

恵子:「婦人科の…。いつも健診とかカンジダとか…。いちばん最初は…、解熱剤を飲んで…10代のときに…。それから何回も…。怖い…、診察台…。いつも…検査すると必ず血が出る…。先生は『力を抜いてください』って…、そんなの抜けるわけがないのに…! でもすごく痛いから…、一生懸命、力を抜こうとする…」

 

恵子さんはしゃくりあげ、途切れ途切れになりながらも、必死に心の痛みを訴えようとした。森林はこのとき、「今日はこれで終わりだな」と感じていたという。通常のAV 作品なら、女性の気分を落ち着かせた後、演技で撮影を続けるためになんとか策を練るはずだ。しかし「性愛の探求」がテーマであるこの撮影では、セックスの成立は目的ではない。これまで相手と深くつながりたいと願いつつも上手くつながれなかったその要因、彼女の中にある“感情のブロック”を見つけることにこそ意味があり、それが現れたいま、これ以上、つらい思いをさせてまで続ける理由はなかった。

森林は、子どものように泣きじゃくる恵子さんを、正面からしっかりと抱きしめる。

 

恵子:「いつも…、入ってくるのを我慢していて…」

森林:「我慢なんてしなくていいんだよ」

恵子:「ずっと私が悪いと思ってた。私の身体がおかしいからいけないんだ、って…」

森林:「恵ちゃんは悪くない。大丈夫、ちっとも悪くなんかないよ」

 

恵子さんは涙を流し続けながら、自分を納得させるように何度もゆっくりと頷いた。

 

突然の展開のいきさつはこうだ。どうやら、森林がまるで医療行為のように冷静に腟に指を入れてほぐそうとしたことで、恵子さんの診察台の記憶がフラッシュバックしてしまった。さらに、そのことによって、彼女は自分の身体に抱いていた嫌悪感や劣等感の強迫観念に気がついたのだ。

恵子:「でも、挿れたいんだよ…。入ってきて欲しいの」

森林:「どうして入ってきて欲しいの?」

恵子:「だって、ひとつになりたいから…」

 

森林は、恵子さんにやさしくキスをしてこう言った。

 

森林「じゃあ一回だけチャレンジして、もしも痛くて無理だったら、ぎゅーってしよう」

 

森林は正常位になり、ゆっくりと挿入を試みる。恵子さんは一瞬だけ顔を歪ませたが、祈るように森林に視線を向け、森林もまた気遣うように彼女の目をまっすぐに見つめ返した。「入った…」と恵子さんが小さく呟く。ふたりは引き寄せ合うように上半身を密着させ、もう一度、唇を重ねる。森林がしばらくの間、密着正常位で男性器を馴染ませながら、頬に唇にそっと労わるようなキスをして抱きしめると、恵子さんの口から、思わず「気持ちいい…」と、よろこびの言葉が溢れ出た。

森林は少しずつ腰を動かしながら、「恵ちゃん」と囁きかける。…と、恵子さんは「私も呼びたい、名前を呼びたい…」と湧き上がる思いを訴えた。ふたりは、見つめ合い、名前を呼び合いながら、徐々に快感の階段を駆け上っていく。恵子さんは森林の身体をしがみつくように引き寄せ、加速する動きととともに、よりいっそう高まっていった–––

「イク…恵ちゃんの中でイッていい…? ああ…、イク、イクイクイク…!」

森林が射精の瞬間を迎える。恵子さんは倒れ込む森林を愛おしそうに抱え込み、そのまま嘉悦の声を上げ続けた。抱き合ったまま、森林は「大丈夫?」と恵子さんの身体を気遣う。彼女は頷き、呼吸を整えながら、森林の頬を両手で包んだ。その目には涙が浮かんでいる。

 

この瞬間、撮影しているという意識は、ふたりの頭から消えていただろう。何も考えず、ただ目の前にいる人の目を見つめ、名前を呼ぶ声に耳を澄ます。相手の息遣いに呼吸を合わせて、肌のぬくもりに溶けていく。代々木監督が言う「まぐわい」という名のセックス。恵子さんが願った“相手とつながるセックス”が、ここでようやく叶ったのかもしれなかった。

 

森林:「大丈夫?  見た感じ、血は出てないと思うけど…」

恵子:「ほんとだ。いつもなら出てるはずなのに、全然出てない…!」

森林:「身体の中に入ってきたときはどうだった?」

恵子:「すごいゆっくりで…、だからすごく安心できて。そしたら…、涙が出た」

 

ぽろぽろと涙が溢れ出る。

 

 

恵子:「初めてかも…。こんな風に気遣ってもらえたの…」

森林:「もし僕がそれをできていたとしたら、恵ちゃんが全部伝えてくれたからだよ」

恵子:「うん。ちゃんと尋ねてくれたから…」

 

ここで初めて、森林はカメラマンのたかつきにも声を掛ける。

 

森林:「いや正直、『診察台』が出てきたときは、今日は撮影終わりだろうなと思いました。痛みだけでも、もちろん我慢する必要はないけど、彼女の場合は、もっと精神の深いところの痛みだと感じたから。もう、これ以上どうしたらいいのかは…、代々木さんだったら判断できたかもしれないけど、僕にはわからなかったなぁ」

恵子:「うん、でも私もあの時は、そういう風に思わせているだろうなって感じてた」

森林:「そうか…、じゃあ『挿れたい』って言ったのは、僕に気を遣って?」

恵子:「うーん…それは違う。あれは…、やりたかったから」

森林:「ええ〜? やりたかったんだ?(笑)」

恵子:「あはははは(笑)。そう、挿れたかった!」

 

撮影がスタートして以来、初めて見せる、恵子さんの茶目っ気たっぷりの笑顔だった。

 

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身も心も抱きしめられるだけで、救われる思いがある

 

着替えをしてリビングに戻る。最後は、フィードバックのためのインタビューだ。

今回のセックスで、恵子さんは、何を得られたのだろう?

 

恵子:「いいセックスをするとやっぱり心も身体もいい状態に整うんですね、いつも」

 

撮影前とは印象の異なる、清々しさが見て取れた。肌は艶やかに潤い、険しさの欠片もない柔和な表情に変わっている。これこそが、満たされた女性の美しさなのかもしれない。

恵子:「今日のセックスは、なんだかずーっと、ずーっとそばにいてもらったというか…。その体験は自分の中で大きなものでしたし、よかったなあと思いました」

森林:「じゃあ、ずっと気遣って寄り添えるなら、挿入しなくてもつながってた? ハグだけで満足とか、好きという言葉だけでも満足できるかもしれないってこと? 抱き合っているだけでもいいのかな。それとも、身体の中にまで入ってくると違う?」

恵子:「うーん…、それは違う。身体の中に入ってくるのは特別。次元が違う…。性は色々な知識も必要だけど、やっぱり自分で体験してみると、頭で考えるだけじゃわからないものが出てきますね。いま思えば、私はそれを確認したかったから応募したのかもしれません」

 

恵子さんは、後日、こんな風にも語っている。「女性は本能的に、男性に抱きしめられたいのかもしれません。セックスの後、森林さんに『昔から、ここ(女性器)が嫌な場所だったけど、いまは大好き』と伝えたら、ぎゅうっと抱きしめてもらえてとてもうれしかった。女性は、ただ男性に抱きしめられるだけで安心できる。自分では受け止めきれない問題も、『大丈夫だよ』と包み込んでくれる人がいるだけで、幸せになれるのかもしれません」

 

宇宙とつながる次元にはいかなかったかもしれないが、目の前の相手とひとつになることを体感できたようだ。