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代々木忠監督から教わったこと〜佐川銀次編〜

大変お世話になった代々木忠監督が、昨年8月をもって監督業を引退されました。それは僕にとって、ひとつの時代が終わりを意味します。男優人生においても、AVという表現世界においても、代々木さんは唯一無二の存在でした。

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ドキュメンタリー『YOYOCHU SEXと代々木忠の世界』より

一般的には、AVとは視聴者の性的興奮を掻き立てることを目的として作られた物という認識になっています。撮影現場では、見ている人をいかに興奮させるかを第一目的にして制作されることがほとんどです。ですが、代々木作品はそうではありません。代々木作品の多くに共通するのは、「性とはなんなのか?」「オーガズムとはなにか?」「セックスとは?」といった、普遍的な問いに対するヒントや答えがあることです。それらの問いの存在が、代々木さんにAVを撮らせていたように思います。

代々木さんに教わった言葉に“まぐわい”があります。

【目合い(まぐわい)】目と目を合わせ、愛情を通わせること。男女の契り。

意味としてこうなるのですが、代々木さんからはそれを体感として教わりました。代々木さんの現場では、相手と本当に愛情が通ったと感じる瞬間が何度もありました。それはその瞬間だけのもので、相手との関係は恋人や夫婦と言われるものでもありません。でも僕の中では、相手とつながった手応えが確かにありました。

相手の目を見てセックスする。すごく単純なことなのに、やろうとすると意外と難しい。だけど、それが出来た時、セックスは組体操から目合いになっていきます。そしてそれは、何にも代えがたい幸せな瞬間。それを代々木さんが教えてくれました。

僕が見る限り、目合いが一番上手なのは佐川銀次さんです。いわゆる二枚目ではないし、面白いことを言うわけではありませんが、銀次さんとセックスした後の女性は幸せそうです。きっと、自分を丸ごと受け入れてくれたと感じているのではないでしょうか。他の誰よりも目を見てセックスする銀次さんが相手だから。

目を見るとつながる。頭でわかっていてもなかなか出来ないものです。

銀次さんに、代々木さんに関するインタビューをしました。代々木さんの考えを、教えを、銀次さんはどう理解しているのでしょうか。そこから、目合いのヒントが見つかる気がしています。

このインタビューは、2022年1月29日開催予定のオンラインイベント「代々木忠監督からのラストメッセージ~性の深淵をのぞいたら人生が変わった~」での当日の話がより腑に落ちるように、先だって行いました。おそらく、限られた時間だけでは伝えきれないことが、ここにあると思います。イベントに参加した後に読み返してもらえたら嬉しいです。

インタビューは、僕とライターの河合桃子さんでしました。それを河合さんが書き、僕が加筆しました。

 

◆佐川銀次◆
面接軍団の通称/銀ちゃん、銀次さん、エース、大番頭、肛門様

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●「ずっと何者かになりたかった」

 色黒巨根の演技派男優といえば右に出る者はいない。凄みある強面と昭和臭漂う男くさい雰囲気から、男優業を始めた当初からレイプ系の作品に呼ばれていた。

 高校時代からバンド活動し、卒業後も事務所に所属しながらデビューを目指してバイトをしていたが、知り合いから誘われ26歳で男優デビュー。
代々木作品に出会ったのは男優歴5年頃だった。

「代々木監督の作品に出始めたのは30代になったばかり。ちょうど男優としてのキャラやポジションはレイプ系というのが固まった時だった。実際の現場に行く前にあった代々木監督との面接で開口一番に言われたのが『今まで自分が作ってきたキャラクターをぶっ壊すことになるけど、それでもいいか?』と。俺としては是非!でしたよ」

 “是非!”と思ったのには理由があった。

「だって、人間は何者なのか、何をしたら人から求められ、自分も満足できるんだろうってのが、音楽やってたってわからなかったんだよ。それでもうとにかく必死に足掻いてもがいている中で始めた男優の仕事で、なんとなくキャラクターは出来上がったものの、それを守りたいなんて気持ちはさらさらなかった。代々木さんに言われて、壊してくれるなら壊してくれ!って気持ちでした」

 そもそも音楽活動をしていた佐川が、なぜ男優になったのか。

「高校卒業して事務所に所属しながらバイトしてたんですよ。悶々としてたよね。だって俺が歌詞ひとつ書いても、全ッ然うまくないんだもん。まったくセンスがない。なんかどこにでもある上部だけのような言葉しか出てこないし、自分で書いててもピンときてない。

 自分をもっと自然に曝け出したかった。そんな時に知り合いから男優の仕事の誘いがあり、その手があったか、と。ハッキリ言ってその当時は、裸やセックスを晒すなんてことは男として最低で恥ずかしいことだと思ってたんですよ。もう最低に落ちるって思った。だけど、その最低だと思ってるところに自分を陥れ恥部を曝け出したら…何かが見えるかと思ったんだよ」

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 佐川が言う“何かが見えると思った”の“見える”とは何か?

「なんだろうね(笑)? 若い時って自分が何者かわからないじゃないですか。俺は音楽が好きでそれを生業にしたいと思ってたけど、その理想と現実のギャップを感じてて。好きなことで自分を表現してるつもりだけど、そこに満足できてない自分もいて、音楽を続けてても、なんだかわからなくなってしまったんですよ」

 佐川は質問を受けると一度しっかりと考え、それから答えを出そうとする間がある。それは答えている最中にもあるものだった。

「そうだ、何かってのはあれだ、たぶん『俺が自然体でいられる状態って何か』ってことです。自然体でいられることを、ずっと探してた。けどね、男優になったって、べつにコレだ!なんてものは見えなかった。ただ、代々木監督と関わったことで確信ではないけど、だんだんと“何かが見えてきた感覚”は得られた。

 自分の弱さやカッコ悪さをそのまんま出す、表現するということがわかった。なにかひとつのキッカケでいきなり変わるではなく、だんだんとね。全部を曝け出すことで、それが自然体…自分は自分であるということが見えてきた」

 正解を用意しない代々木の現場であったとしても、カメラが回っている以上、そこは虚構の世界だ。虚構の世界で『自然体でいられる』なんてことが出来るのだろうか。

 代々木について書かれた本に「虚実皮膜」(著・東良美季)がある。

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 このタイトルが意味しているのは、虚構の世界で実(真実や現実)をあぶり出す代々木作品の奥深さだ。ただ単に抜かせることを目的とした多数のAVとの違いはここにある。佐川も、代々木が作った虚構の世界で、真実のかけらを掴んだのかもしれない。

●自分の本音ではない無難な言葉を探すな

 初めての代々木組の撮影が終わった後の出来事が、今でも忘れられないと佐川はいう。

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ドキュメンタリー『YOYOCHU SEXと代々木忠の世界』より

「撮影前に『キャラをぶっ壊すけどいいか?』と言われたくらいなので、代々木監督も俺がどう感じたか知りたかったのかな? 今日の撮影はどうだったか感想を求められたんです。それで俺はたぶん『勉強になりました』みたいなことを言った。そしたら『教科書通りの答えをするな!』って言われて。それは大きかったですね。

 頭で考えた言葉ではなく、本当に自分の中から出てくる言葉として出さなきゃいけないということを知りました。『勉強になった』だなんてのはカッコつけた言葉ですよね。そんなことよりも、良かった悪かった、だったらどう良かったのか悪かったのか。大事なのはその感情。

 代々木監督の現場では、そういう当たり前の感情を優先させること。上手い言葉じゃなくて、感情を優先させることを大切にしろということを教わった。ああ、俺の書く歌詞にセンスがなかったってのは、こういうところにあったのかと思い知らされましたよ(笑)」

 では、その後の佐川が代々木の現場で、感情の言葉をポンポンと発するようになったかといえばそういうわけではない。

「べつに突然、語彙力が上がったわけではないです(笑)。単語ではありがちな言葉かもしれないんだけど、そこに感情が乗るようになった。そうなると、ポンポンと会話が出来ない。感情を言葉にしようと思った時に、適切な言葉は何か? と整理するのに時間がかかる。「THE面接」シリーズで言ったら、市原さんがそれをポンポンできる人。そいういう人は天才です。

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 だから「THE面接」シリーズにおいては俺は喋らなくていいやと。市原さんが勝手に喋ってくれるから、俺は思いのままに行動すればいいやと思った。俺が喋ってもつまらないから。だから、そこでバランスが取れる。そういう感じでやっていたら、やりやすくなった」

 市原は感情の解放を言葉で、佐川は行動で感情を解放していった。「THE面接」シリーズに出る面接軍団は、男優達がそれぞれの感情を自分なりのやり方で解放する。代々木の分身であると同時に、1人の人間として存在している。それが他のAVとの違いで、ほとんどのAVにおいて男優は女優を引き立てる黒子の役割を担い、そのために感情を殺し個性を消す。

「そういうところで俺と市原さんは繋がってた。だから俺は女優さんと目と目でヤリあうだけでいい。俺から出る言葉はダサいから(笑)」

●目は口ほどにものを言う。

 代々木の現場において男優が求められるのは、セックスの技術を披露することでも、女優を派手にイカせることでもなく、ただ女優と本気でぶつかり合うことだった。

「代々木監督の2本目、山(代々木が所有していた別荘)で撮った「たかがセックス」シリーズの最後の絡みで…男優は俺と日比野(達郎)さんだったんだけど、女優がなかなか心を開かなくて、時間も押してどうにもならなくなったことがあった。代々木監督から『お前いけ』と言われて『どうしたらいいですか?』と聞いたら『ひたすら目を見て気持ちを伝えろ。それだけで良い』と。そうしたら、上手くいったことがあった。上手に何かをするのではなく、ひたすら相手の目を見て、向き合って、無言で絡むということをした。無言で訴えるだけ。

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代々木の別荘で行われた撮影の様子

 あの時、達郎さんは完成されていたんだと思う。それこそ、俺と女優の目線は水平で、達郎さんはもしかしたら少し上からの目線だったのかもしれない。達郎さんにその気がなくても、相手の女優さんからしてみたら、上から見られてる感じがして落ちなかったのかもしれない。わからないけど。

 達郎さんは威張らない人だけど、キャリアがあって、年齢も上だし、みんなが一目置く存在で、だからこそあの場ではどうしたって女優と水平の目線に持っていくこと自体が難しいと思うんですよ。

 男優って下手に有名になると難しい。ただの男ではなくなってしまう。代々木監督から求められていたのは一流の男優と女優の絡みではないはず。今までの男優人生の中で、あれを体験できたのは一番だったのかもしれない」

 人は誰もがその人の名前で生きている。と同時に、何かしらの肩書きや立場を持っている。それらは社会の中で生きていく上ではとても大切なものだと思われていて、だから多くの人がそこにこだわり、求める。セックスの時に、体は何もまとわぬ姿なのに、肩書きや立場を手放せない男性は多い。代々木は、セックスの時には社会性を手放し思考を落とすといいという。

●相手と通じ合う“オーガズム”の瞬間

 AVの世界ではやたら「イク」という言葉が多発し、さもそれがオーガズムかのような表現となってしまうことが多い。それこそ佐川も何人もの女優に「イク」と言わせてきた男だ。しかしその佐川も未だ「オーガズムというものの正体が未だわからない」と言う。

「オーガズムって定義が難しい、俺は理解しきれていない。イクとはまるで別次元のもの。失神とも違うし、いわゆるセックスの気持ちいいとも違う。言語化するのは非常に難しい。でもその「たかがセックス」の撮影の最後の絡みでは、女優とひとつになれたと思った。ある意味、お互いが無になった。それって、長年付き合ってるふたりだから達せるものでもなく、なにかがハマったふたりがそうなれるものな気がするんです。

 ひとつになれたと思ったのは、いつもの気持ちいいとは違った。思考がなかった。相手もそうだったと思う。嬉しいとかそういう気持ちもなく、ただ何も考えてなかった。覚えているのは、温もりだけ。代々木さんの言葉でいうと、本能。その瞬間、相手を好きってことだけ。

 こんなこと聞くと、いったいどんなドラマチックな展開が?と思うかもしれないけど、後でその映像を見返したら、全然大したことやってないんですよ。作品として見たら、なんてことないものだった。表面上ではなく、心の中で感じたことだから」

 佐川が言うように、代々木作品で映し出されているセックスは決して派手ではない。けれど何か『くる』ものがある。社会学者の宮台真司いわく、本当のオーガズムは伝染すると。代々木作品が見る者を選ぶのは、オーガズムに感染する能力の有無によるものなのかもしれない。

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●代々木と関わったことで変わった人生観、家族との向き合い方

 代々木から最も影響を受けたことは『今を生きる』ことだという。

「俺に限らず、みんな過去をこだわったり、将来への不安や希望を含めて考えちゃいますよね。恋愛、仕事、何にしても今より『この先どうしていこうか』に意識を向かわせてしまいがち。なんとか自分の良い方向に事を運ぼうとしてしまう。でも、今の瞬間を一所懸命に生きることが何より大事だということを教えてもらったのが、一番の影響かな。現場だけに限らず、人生観として影響を受けた」

 女性との向き合い方に何か意識的な変化はあったのかというと、そうでもないという。

「以前、アダルト系雑誌の編集者に『代々木組に出てから女性へのアプローチが変わったね』と言われたことはあったけど、自分では全く意識してない。
でも、ちょっと前に20代後半の長男から『昔と比べて丸くなったね』とは言われた(笑)。小さい頃はお父さんが怖かったんだって(笑)。

 今思えば、一番最初の子って知らず知らずのうちに厳しくなってたんだと思う。社会に出して恥ずかしくない子、キチンとした大人に育てなきゃいけない思い、腹黒いズルイ子になって欲しくなかったから。だからキツくなってしまったかも。

 今もだんだんと俺は変わってるみたいね。嫁からは何も言われないけど(笑)。叱る時にキツくすると萎縮させてしまうだけ。それじゃ、心に響かないですよね」

 代々木には娘が二人いる。娘に見られても恥ずかしくない作品を撮りたいと思ってたと話したことがあった。セックスは人に見せびらかすものではないけど、後ろめたいものでもない。自分たちがこの世に生まれるきっかけであり、生きていく上で感じられる悦びの1つである。誰かとつながる。好きな人と1つになる。それは母のお腹にいた頃に感じていた温もりと似ていると、代々木組でオーガズムを体験した女優が言っていた。

●銀ちゃん推薦! 後世に伝えたい代々木作品

淫乱パフォーマンスの『恋人』」。この作品を見た時は俺はまだ男優になる前で、たしかどこかのラブホでたまたま見たんだと思います。何気なく見たくらいで。だけど見入っちゃったんだよね。「エロビデオってこんなすごいのか」って感心した覚えがある。「これはドキュメンタリー作品じゃないか」って。

いろんな意味で、男女の心理がいろんなところで感じられて。男の弱さも含めてね。女の子の欲というか業というか、そういうのも垣間見られて面白いですよ。是非見てほしいです。

●代々木監督へ、佐川銀次よりメッセージ

 普通だったら、ありがとうございましたとか、お疲れ様でしたって言うところ。もちろん、そういう気持ちもありますよ。だけどやっぱり俺の本音は「続けてほしい!」ってこと。「せめてあと1本やってほしい」って思ってる。俺が呼ばれなくてもいい。だけど、あと1本って。

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 この業界において、すごく大きな存在である人がスッと引退することがただ悔しい。引退作というのがないから、これで終わりだよっていう思いで作る作品を残してほしい。

 だって俺は、代々木監督作品のイチ、ファンでもあるから。代々木監督と関わった男優は、みんなファンという一面を持っているんじゃないかな。なかなか出会えないし、関われない人ですよ。代々木監督、もう1本だけ、撮って下さい!