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代々木忠監督から教わったこと 〜片山邦生編〜

代々木忠監督が昨年の8月で引退されました。いつか来ることだとわかっていたものの、いざ目の当たりにすると、素直に受け止めきれない自分がいました。

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撮影/髙橋定敬

代々木さんは、かっこいい男です。見た目のスマートさだけではなく、人や仕事との向き合い方、生き方全てがかっこよくて憧れちゃいます。だけども同時に、絶対に自分はああはなれないなとも思います。任侠の世界と華道の世界で生きてきた方で、人の静と動を知り、その経験をもとに人間の本質を描く作品を撮ります。

それまでの価値観が180度ひっくり返る戦後に育ち、社会における正しさやルールの嘘を幼少期から知ります。男が男に惚れ、命を預けてとことん付いていく世界では、人を信じることや、信じられる人の見極め方、自分の言動の責任の取り方ということをとことん体に染み込ませてきました。それは、代々木さんの現場に呼ばれる男優たちへの面倒見の良さとして表れます。

僕をはじめとする面接軍団(代々木さんの撮る「ザ・面接!」シリーズのレギュラー男優たちの総称)は、代々木さんと会っていなくても見守られている気がしています。あの優しい笑顔と、心の奥までを見抜くあの目で、いつも見られているような、撮られているような感覚があります。

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撮影/髙橋定敬

そんな風に感じられるAV監督は代々木さんだけです。

代々木さんからは多くのことを教わりました。面接軍団のみんなが、そう思っていることでしょう。セックス観の変化だけではなく、生き方に影響してくるほど深く強く僕たちの中に残る代々木さんの教えを、多くの人に伝えたいと思います。

1月29日に開催するオンラインイベント『代々木忠監督からのラストメッセージ~性の深淵をのぞいたら人生が変わった~』では、面接軍団が代々木さんから教わったことや、代々木作品から読み取れる性や愛の本質的なことを伝えていきます。

イベント後半では代々木さんにも登場していただき、色々なお話を伺います。人前に出ることに積極的ではなかった代々木さんが監督業を引退された今、公の場で代々木さん本人の声でお話が聞けることはまずありません。そういった意味でも貴重な機会になります。性の奥深さに、人の本質的なことに、自分のこれからの生き方に興味を持つ方なら、きっと何かしら得られる内容になると思います。多くの方の参加をお待ちしています。

イベントに先駆けて、代々木作品に出た男優たちにインタビューをしました。イベントでは時間の関係で話しきれないと思われるので、こちらの内容と合わせ、代々木作品の持つメッセージを感じ取ってもらえたら幸いです。

平本一穂さん、佐川銀次さんに続く3回目は、片山邦生さんです。片山さんは、Netflixで放送された『全裸監督』のモデルとして知られる村西とおるさんのダイヤモンド映像という会社に、社員として入ったのがAV業界での第一歩です。そこでは村西さんの運転手をしたり、現場でスタッフとして働いたり、時には男優として出演したりしていました。ダイヤモンド映像を辞めて男優一本になってからは、持ち前のテクニックと優しさ、スタッフをしていた経験を活かして、女優さんからも制作サイドからも重宝がられる人気男優になっていきます。

片山さんは、代々木さんからどのようなことを教わってきたのでしょうか。改めてお話を聞かせてもらいました。なお、片山さんへのインタビューも平本さんや銀次さんの時と同様、ライターの河合桃子さんと一緒にしました。原稿を河合さんが書き、そこに加筆したものがこの記事になります。

◆片山邦生◆
面接軍団での通称/邦生、クニちゃん、貴公子

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●代々木さんの現場で男性像、男優像を覆された。それがトラウマとなり解放に繋がった

 代々木の現場に参加する前までは村西とおる監督作品を中心に出演していた片山。それらのほとんどが、男が女を攻めたていかに感じさせるかがメインテーマであり、その方向性に疑問を持つ者は現場にも世間にもいなかった。
90年代というのは、女性の性欲が認知し出された時代で、その存在は認められているが、あるがままに捉えられていたわけではない。女性は受身の存在であり、男性によって開かれる性であり、だから開発という言葉が使われる。
女性の性開発は、その手腕が男としての評価になり、社会から認められる一つの指標だった。童貞か否か、何人とやったか、どれだけイカせたか、というのは、男たちが集まれば頻繁に話されることで、男性社会においてお金を稼ぐことと同じくらい重要なことだった。

片山が代々木の現場に呼ばれたのは男優歴5年目、25歳の時だったという。指技が達者で、いわゆる“潮吹き”を得意とする片山だが、その根底には「男は女をイカせてナンボ」という自負もあった。しかし代々木の現場でそれは覆されたという。

「男の多くは、というか少なくとも僕は、幼少の頃から“男は男として強くあらねばならない”とか“涙なんてみせるな”というような刷り込みで育ってきたし、それを信じて疑わず、そうあるべきだって思ってた。世間一般的なデートでの男の立ち振る舞いをはじめその言動に、男はこうあるべきだと刷り込まれた「男性像」を、僕だけでなく周りの人間も取り入れていたように思う。でもその当たり前の価値観を壊されたのが、代々木監督の現場でした」

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 初めて代々木の現場に参加し、代々木本人から言われた印象的な言葉があるという。

「もう30年近く前のことなので、ハッキリと言葉尻までは覚えてないんですが『俺は男優が女をイカせてどうだ! という顔をしているのが好きではない』というようなニュアンスのことを撮影前に言われたんです。その時は正直『はあ、そうですか』という感じで、その言葉の真意をわかってなかった。でもいざ始まった撮影(アテナ映像『平成淫女隊 男優一人死んじゃった』)では、まさにそれまでの僕自身が死んでしまったと言っても過言ではない内容だったんです(笑)」

 代々木の作品に『淫女隊』というシリーズがある。いやらしいことが大好きで、率先して男を攻めまくるのが得意な3人の女優で構成された“淫女隊”が活躍する内容で、純朴な青年のみならず男性上位主義のような男が目隠しをされ、後ろ手に縛られて淫女隊に好き放題されまくるシリーズに片山は呼ばれた。新人男優として投入され、代々木組の撮影に初参戦にして“死んでしまった”と言っても過言ではないほどの洗礼を受ける。

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「目隠しされて乳首や耳元を舐められたり金玉を鬼攻めされて、それまで感じたことのない快感に襲われたんです。その快感は自分にとって、とても受け入れ難いもので、にも関わらず抗えないものでした。肉体的な快感と、精神的な拒絶感が最高潮に達した時、自分は初めて全身硬直の後に失神してしまったんです。目が覚めた後も、とても屈辱的で虚脱感でいっぱいでしたね。つまり、精神的に半分死んだみたいな状態(笑)。もう俺は男優として、それどころか男としてこれからやっていけないかもしれないとすら思えた出来事でした」

 代々木の解釈では、オーガズムと失神は違う。オーガズムは心身の解放の先にあるもので、相手に明け渡すことがカギとなる。失神は、高まってきた肉体的快感を思考が受け止めきれなくなりショートした状態で、思考と、感情や本能といったもののせめぎ合いの先にあるものだ。性に関するネガティブは思い込みや決めつけ、男とは女とはこうあるべきだという価値観が強いと、自分に起きた現象をうまく処理することができずに意識が崩壊する。

 それはトラウマとして体に残る一方で、精神の生まれ変わりのきっかけになることも多々ある。代々木の現場がセラピーのようだと言われるのは、こういったことが意図的に行われているからである。代々木は読書好きで勉強家だが、心理学を体系立てて学んだわけではない。しかしその手法は、男尊女卑で力ずくに見えるがアカデミックとも見える。代々木曰く「見ればわかるんだよ。その子が何を求めているのか、何が必要なのか」と。その洞察力の鋭さは代々木の歩んできた道によるもので、だから誰も代々木の真似ができない。

 男優として、男として死んだ後も、撮影で乳首や金玉を攻められると体が固まってしまうというトラウマが片山の体に残った。攻める前戯の時は良いが、攻守交代して女性から攻められ男性器以外の部分に刺激があると固まってしまったり、失神して流れが止まるようになってしまう。

「はい、たしかに最初の現場で女性から攻められ、自分の意思とは裏腹に体の動きが止まってしまう経験をして、その後も似た状態になることがあったんですけども、だんだんと、女性にイニシアチブを渡すのはアリなのだなという思いが芽生えてきたんです。

 代々木さんの作品に出る以前は村西とおるさんの現場を何回も経験していて「男は女をイカせてなんぼ」とか「女がイクのを見せるのがAV男優」という環境にいて、自分もそれがしっくりきていたし、そういうものだと思ってた。でも、勝手に常識だと捉えていたものが、自分の中で徐々に崩れていって、そんなことはどうでもいいことなんだって思えた」

 当時、『淫女隊』のような作品は他に類を見なかった。男優が女優をリードし発射して終わるというのが基本で、女性が主体的に性の快感をむさぼったり、男性を支配するなんてことは考えられもしなかった。

「今でこそ痴女ジャンルというのは定着していて、むしろそれが人気ジャンルのひとつと言えますが、『淫女隊』こそがそのジャンルでの「はしり」だったのではないかな。僕はこの作品に出たことで、それまでの自分の殻を抜け出せたとし、凝り固まった自分を解放できたと思ってます」

●オーガズム…それに拘ると辿り着けない。だから「ないもの」と考える

 代々木の作品でそれまでの片山のセックスの常識は覆された。ではオーガズムへの思い、体感などにも変化はあるのだろうか。意外な答えが返ってきた。

「たしかに『淫女隊』によって僕はイカされて失神してしまったんですけど、ではあれがオーガズムかと言ったら、違うと思うんです。正直、今はそれを僕は考えてません。むしろ「ないもの」だと思ってる。あると思うとそこに拘ってしまうから。代々木さんも“そこに拘ると辿り着けない”という話をよくしていました。

 じゃあ、オーガズムをどう捉えるかってことで言うと…男女ふたりが出会って、好き合ってセックスした結果、オーガズムというような体感的到達点に上りつめることでなく、“気持ちいいな”とか“幸せだな”とか“あったかいな”でもいいし、何か感じられたらそれで良いのではと思うんです。オーガズムというのは人それぞれで、逆に「ない」と思った方が良いのかなぁと(笑)」

 片山は、代々木に出会って、女性との向き合い方も大きく変わったという。

「まず、相手を、女性を大事にすることって何だろうと考えるようになりました。それまでは衝動的で、セックスできればいいという感覚でした。女の子の気持ちをまず考えていなかった。25歳で代々木さんと出会って、そこからの10年間ぐらいで、いろんな意味でパートナーに対して求める価値観というものが変わった。

 付き合いたての頃は手を繋ぎたい、キスしたい、服が邪魔だな、素肌で触れたいという気持ちになりますよね。それって要は、ふたりの距離を縮めたいということなんですよね。その状態になれた時が一番幸せだと思うから近づいていく。女性の幸せというのはイク瞬間だけではなく、その前後の時間もすべてが幸せを感じられるというのがセックスの意味なのではないかなと感じる」

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 生きる喜びを知るきっかけにはなったものの、一方で、代々木作品に出るようになって、男優としては致命的な“ある自分の性質”を知ることになる。

「僕の人生においてパートナーの存在は、優先順位として圧倒的になった。ひとりよりもパートナーといることが一番の幸せって思えるようになったんですね。でも、彼女を作ってその幸せを知ると、男優としては仕事が出来なくなるんです。彼女ができると現場に行っても勃たないんですよ(笑)。そういう人間になっちまったんです。それに、女性の選び方に関してハードルが上がった。代々木さんに『あなたのせいで女選びが大変になった』と文句を言いたいくらい(笑)。知らなかったら(代々木さんに会わなければ)、もうちょっと軽い女でも良かったと思う。強いていえばそれは、精神が豊かになったという言い方が良いのかもしれない」

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●とてもシンプルで大事なこと「ちゃんと好きな人としてるかい?」

 代々木と出会ってからの気づきは数知れないが、一番はこの“気づき”だという。

「我々はセックスのバリエーションとして色々なことをやってきたけれど、代々木さんの作品というのはセックスのベースとなる「基本」を伝えていた気がする。その基本は要するにハート、心です。代々木監督の現場においては、まずセックスをする前に、その人をその場だけだったとしても好きになることが大事だった。

 男優達は、いや一般的に男の方が女よりも惚れっぽいんだと思う。女の子の方が惚れるまでには時間がかかるよね。それは警戒心やいろんな感情のブロック的なものがあるからだと思うんですけど。そこで時間をかけてゆっくりと、いや、時間をかけなくても目と目で見つめあって相手と溶け合うような…その瞬間、相手以外のことは考えないかのような、そうやってちゃんと好きになった人とセックスすることの大事さに気づかされましたね。

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 代々木さんと出会えたからこそ、男女の本質的な付き合い方やセックスを深めていく良さを知ることができたけど、それは人生としては悪くないけど、男優としては辛いこともありますよ、だって現場で勃たせるためにある程度の集中や努力をしないと勃たなくなっちゃったから。こういう人間になったのは代々木さんのせいですよ(笑)。男優としては、彼女の存在と、今ここで撮影する女性の存在とを切り離さないとやっていけないわけですが、その切り離し方も代々木さんのもとで修行させられましたね」

●片山推薦! 後世に伝えたい代々木作品

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 それはもう『平成淫女隊 男優一人死んじゃった』でしょう。僕が情けない声で「だめ。だめ」とか言っちゃってるのが、今でも見るに耐えないんですけど(笑)。男達にマグロになれと言いたいんじゃないんです。男もカッコつけて見栄張ってばかりいないで、女にすべて明け渡したらって言いたいんです。女性は偉大なんですから。

●代々木監督へ、片山よりメッセージ

 ありがとうございましたという一言に尽きる。代々木さんのおかげで人生が変わった。まだまだ何もわかっちゃいないけど、代々木さんと出会ったことである意味での到達点を見させてもらった気がする。自分の中で人生の達成感を感じることができた。

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 ハッキリ言って、ここまで辿り着けたので、もういつ死んでもいい満足感さえあります。女選びのハードルが上がりすぎて、なかなかこの人という人に長らく巡り会えなかったけど、今ようやくその人にも辿り着けましたし。それはきっと、僕が変わったからだと思う。代々木さん、本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いします。